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「隆一と有紀」(全9章) 第1章-1- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時20分50秒

 講義終了のベルとともに、多くの学生が教室からぞろぞろと出てきた。
今日の講義は、これで最後だった。

 ここは、東京都にある関東大学のキャンパスで、いっときに多勢の学生で溢れかえっている。
その中に、インターネットの話をしているカップルがいた。
 関東大学3回生の高原隆一と、同じ3回生の川島有紀である。2人は、同い年の20才である。

隆一「最近、自分のサイトがメンテナンスを頻繁にするんで、調子狂っちゃうよ」
有紀「それは、アクセス障害の復旧とか、容量を増大するときとか、必要に迫られてするんだから、仕方ないんじゃない。よくは分からないけど」
 2人とも、春休みが目前なので、喜々としてキャンパスを闊歩しているように見える。
2人は、講議が終わると、大抵いつも一緒に行動する。

有紀「隆一さん、きょうは何処に行く?」
隆一「アブサンにでも行ってみようか?」
有紀「賛成!」

 駐輪場にやって来て、隆一はバイクにまたがった。
有紀が後部座席に乗り、隆一の胴体にしっかりと腕を回すと、バイクは、校門を走り抜けて行った。


「隆一と有紀」第1章 -2- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時18分40秒

 「アブサン」とは、関東大のOBがマスターをしているジャズ喫茶の名前である。
大学からはバイクで10分ほどの距離で、駅前の一角の、はずれといっても圏内にある。隆一は、そこの常連で、有紀と来たり、バイク仲間と来て、いろんなことを時間も忘れて話し合える気楽な店なのであった。

 かかるジャズも落ち着いた雰囲気の曲が多く、大声で話さなければならないということはまずない。
 常連たちが比較的静かな曲をリクエストするのと、マスターの好みで、BGMに適した曲を集めているからでもある。

隆一「オッス、杉山先輩」
有紀「こんにちは〜」
 マスターは、入ってきた隆一と有紀の姿をみてとると、嬉しそうに、
「やあ、いらっしゃい」
と声を掛けた。
 隆一らは、一番奥の’指定席’が空いていることを確かめると、そこに向かった。
ほどなく、ステンレス・トレーにミネラル・ウォーターを2つ載せてマスターが注文を訊きに来た。この店には、ウェイトレスがいない。ジャズ喫茶の多くの店がそうであるように。
隆一「俺はホット」
有紀「あたしはレモンティーね、おじさん」
マスター「あいよ」

隆一「有紀ちゃん、レモンティーが好きみたいだね?」
有紀「あら、言わなかったかしら、レモンティーを飲むのは健康にいいんだって。レモンに入っているクエン酸が、疲労物質の乳酸を分解してくれるそうよ」
隆一「へぇー、そう。でも俺はこの店では、いつもホットコーヒーを飲むことにしているんだ。だって、レモンティーは他でも飲めるだろ。ここのコーヒーは、とびきり旨いんだ」
有紀「えぇ、それはみとめるわ」


「隆一と有紀」第1章 -3- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時17分16秒

 マスターの名前は「杉山二郎」、あだ名は<アブさん>である。
店の名前が「アブサン」だからか、いつのまにか常連たちは、そう呼ぶようになった。
 マスターの杉山は気分は若いつもりだが、有紀たちから見れば、おじさんと言われてもしかたがない。
 隆一と同じく、関東高校からエスカレーター式で関東大に入学したが、卒業するのにギリギリの八年間掛かった。
 父親は杉山建設の社長で、いずれあとを継ぐのだが、今のところ好きなジャズが一日中聴けるジャズ喫茶のマスターにおさまっている。

隆一「それより、春休み、どうする?」

有紀「冬休みはスキーに行ったし、今度は何処がいいかしら?」

隆一「だったら、箱根までドライブ旅行しないか?」

有紀「バイクで?」

隆一「いや今度、車を買ったんだ」

有紀「豪勢ね。バイクはもうやめるの?」

隆一「バイクはバイク、車は車さ」

有紀「隆一さん、あなたのバイク、外国製だから、もしかして車も・・・外車?」

隆一「当たり!」


「隆一と有紀」第2章 -1- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時15分15秒

 やがて春休みに入ったある日、有紀を乗せた隆一のオースチンは、一般道から高速道路に入って、いくつかのジャンクションを通り抜けた。

 少し前から隆一の口数が少なくなったと有紀が思っていると、広い料金所を過ぎた所で、遼一はクルマを左側路側帯に止めた。そこには、10台のバイクと1台の外車が止まっていた。

有紀「どうしたの? 隆一さん」
隆一「俺のバイク仲間たちなんだ」
有紀「あら、じゃぁ2人だけじゃないの?」
隆一「あれから、バイク仲間と≪アブサン≫に行ったとき、箱根行きの話をしたら、みんなのってきてね。ごめん、ちょっと声かけてくる」
 有紀は、少し拍子抜けするが・・・。
隆一「じゃあ、行くかー!」
バイク陣「おーぉ」「いぇーい」「オッケー」

 隆一のオースチンを先頭に、12台の一団が整然と走り出した。
有紀「もう1台のクルマも?」
隆一「杉山先輩だよ。マスターまで、仲間に入れてくれって言うんだ。その代わり費用は全額、マスター持ちってことになったんだ。いままで黙っててゴメン!」
と、両手を合わせた。
有紀「分かったわ、危ないからハンドルから手を離さないで。でもこれだけの人数じゃ、たいへんな出費よ、マスター」
隆一「それは大丈夫、マスターといったって、どうせ親父(おやじ)さんが出してくれるんだから」
有紀「まぁ!」
隆一「気にしない気にしない。さぁー、スピードを上げるぞ!」


「隆一と有紀」第2章 -2- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時13分50秒

 先頭と最後尾がクルマ、そのあいだを10台のバイクが高速道路を快走していた。

 最後尾は、父親のコンチネンタルを借りたアブさんこと杉山だ。
彼の役目は、後ろから白バイやパトカーが来たら、パッシングライトで前を走る仲間に知らせることだ。その杉山の助手席には、誰も乗っていない。
「マイッタなぁ、有紀ちゃん以外あと男ばかりだと思っていたのに、みんな彼女連れなんだもんなぁ。いいさ、箱根に着いたらステキな娘を見つけてデートに誘うんだもんな・・・」
 最初はムスッとしていた杉山だが、そんな想像を膨らませているうちに何だかワクワクしてきた。その時だった、そんな杉山の耳を白バイのサイレン音がつんざいた。
 杉山の淡い想像は一瞬のうちに吹き飛んだ。
「しまった!」
 杉山は、すぐにパッシングライトで前のバイクに知らせた。
そのパッシング・ライトは先頭を走る隆一のオースチンまで6、7秒もかからなかった。全車、スピードダウンした。

 もともとツーリングでは、先頭者は後続の車両が付かず離れず走れるように、無理なスピードは出さないものだ。
 このときも、バイク仲間達のチームワークは見事で、日頃の経験がものをいった。
白バイは、なおもサイレンを鳴らしながら、右車線を追い抜いて行く。
 杉山は自分の迂闊さを反省しながら、
・・・あの白バイ、先頭をつかまえる気だろうか・・・
と心配になってきた。


「隆一と有紀」第2章 -3- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時12分16秒

 ところで、隆一のオースチンの150m前方の右側車線を、同じ様なスピードで走る1台のワゴン車があった。
 白バイはサイレンを鳴らしながら、隆一たちの一団を抜き去ると、そのワゴン車に近づき、余裕のある車寄せのところで、左端に停車するよう合図した。

 高速道路の右側車線は、追越し専用である。左車線がずっと空いているにもかかわらず、そのワゴン車は右車線を走っていた。
 白バイは、反則切符を切るためにワゴン車を誘導したのであろう。違反は違反である。


「あの時の杉山さんのパッシング・ライトがもう少し遅れてたら、ヤバかったですねー」
「ほんと」
「そうそう」

 ここは、ホテルにチェックインして荷物を部屋に置き、ひと汗流そうとやってきた男湯の湯舟のなかである。
 展望大浴場というだけあって遠方に下界の街を見下ろせる眺望が素晴らしい。旅の疲れも癒されるというものである。

 杉山は、あの時は一瞬しまったと思ったが、みんなからそう言われると気分がいい。
杉山は、いい気分ついでに、ホテルを予約した隆一に尋ねた。
「このホテルには混浴風呂とか露天風呂はないのかい?」
隆一「アブさんがこの企画に参加すると決まった時から、混浴風呂のないホテルをあたったのさ。露天風呂ならあるらしいよ、ただし、おばさん達ばかりらしいけどね」
 一同は、ドッと笑った。

 杉山は、さっきのいい気分はどこかへ消え失せてしまった。
それに、今ごろ展望大浴場の女湯に入っている彼女たちのことを考えると頭が痛い。
・・・これじゃ大幅に予算オーバーだ。あとで親父に電話して、予算追加の交渉をしなくちゃならない・・・
 ケチで頑固な父親にどう説明しようかと、頭を悩ませる杉山だった。


「隆一と有紀」第3章 -1- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時11分0秒

 隆一「夜の宴会は、2階の宴会場『有馬』に午後6時半集合ということで、それまでは各自自由行動とする」
「オーケー」
「了解ー」

 みんな身軽な服装に着替えて、カップルで出掛けるもの、カップルでもグループで出掛けるもの、それぞれだ。
 隆一は、有紀と2人だけでホテルを出た。

 残されたのは、アブさんこと杉山だけである。
・・・外に出てガールハントでもしようか。おっと待て待て、その前に女性10人の追加費用を、親父と交渉しなくちゃいけなかったんだ・・・
 杉山には、頭の痛い話だ。しかし、覚悟を決めて父親の会社に電話した。

杉山社長「予算の増額?そんなに人数が多いとは訊いてなかったぞ。ダメだダメだ」

 杉山社長としては、はやく息子に自分の会社を継がせたい。
だが、風来坊の杉山は、まだまだ自由に生活を満喫したい。
恋もしたいし、父親が気に入ったら、その女性と結婚してから会社を継いでも遅くないと考えている。
 父親はまだ元気でピンピンしているし、杉山も今のところ、ジャズ喫茶のマスターの生活が気に入っているのだった。

 ピシャリと予算増額を跳ねつけられた杉山は、
「いいよ、もう頼まねぇーよ」ふくれっ面で、電話を切った。

 ・・・だけど、今回の費用は全部オレが出すって言っちゃったしなぁ、今さら、みんなに半分出してくれなんて、言えないし困ったなぁ・・・
 ・・・え〜い、こうなったらどうにでもなれだ。宴会のとき幹事役の隆一君に相談してみよう。彼は人に頼まれると嫌と言えない性格だし、きっとなんとかしてくれるだろう・・・

 杉山がこんなに楽観的なのにはわけがあった。隆一とは、同じ大学のOBと現役、部活も同じで、先輩・後輩以上の間柄なのである。


「隆一と有紀」第3章 -2- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時09分36秒

 杉山は、そう考えると何事もなかったかのように、昼間から浴衣の上にカーデガンを羽織った格好でホテルを出ていこうとした。
 そのとき、ホテルに入ってきた金髪の若い女性数人とその世話役とおもわれる男女数人らと、ちょうど鉢合わせになった。
 金髪の若い女性たちは、こぼれるような笑顔で、ちょうどすれ違う杉山の浴衣姿がよほど珍しかったのか、ワッと驚き口々に何かしゃべりながら、ロビーのフロントのほうに向かった。

 杉山は、明るい雰囲気を漂わせながらフロントに向かう1団を振り返って、
・・・ラッキー、彼女たちの中の誰かと知り合いになって、デート出来るかも知れない・・・
と、またいつもの想像癖を膨らませながら、フロントの彼女たちの姿に見とれていた。

 そこへ、さらに玄関から入ってきた日本人客とぶつかりそうになった。
杉山は、さきほどの想像も醒めやらぬまま、
「アイム・ソ〜リー」
と片言の英語で詫びながら、ホテルから出ていった。


「隆一と有紀」第3章 -3- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時08分25秒

 ホテルを出た杉山は、あてもなく歩いていた。そして、懐かしい道を見下ろせる場所に出た。
眼下には、箱根駅伝レースが行われるコースが見えた。
 そして、杉山の頭の中に、大学当時の思い出がよみがえってきた。

 ・・・・関東大付属高校に入ったとき、杉山の父親は、息子の非力な体力を鍛えるため”体育系”の部活に入ることを強く勧めた。そして杉山が選んだのは、”体育系”のなかでは比較的《シゴキ》が少ないといわれた「陸上部」だった。
 体力に自信のない杉山は、短距離の瞬発力も、長距離を走るスタミナもなかったので、自分から中距離走を希望した。
 コーチも、杉山の痩せた体を見て、まずは体型の改良から始める必要があるとみて了承した。
杉山は、関東大附属高校からエスカレーター式に関東大に入ったが、その時も、部活は陸上部を選んだ。

 高校時代から陸上部に所属していたおかげで、杉山の体力は着実にあがっていった。ただし、やればやるほど、中距離レースに必要なペース配分やハイレベルな駆け引きが、自分には不向きだとも感じ始めていた。
 そこで大学の陸上部では、いろいろな事を想像しながら走れそうな長距離走のほうが”想像癖のある”自分には向いているかもしれないと判断して、転向したのである。・・・・

 長距離走に転向した杉山は、箱根駅伝レースには特別の思い入れがあった。
といっても、当時「箱根駅伝レース」に正選手として走った経験は、一度もない。
 いつも、颯爽と走る仲間を応援する”補欠選手”の1人でしかなかった。だから一度は、正選手として走ってみたいと夢みて、あこがれていたコースだったのである。


「隆一と有紀」第3章 -4- 投稿者:麻川遼一  投稿日: 5月26日(月)14時06分57秒

 勉強が苦手な杉山が、大学まで進めたのは、建設会社の社長である父親のおかげであった。成績が悪くて各学年で留年しながらも、ぎりぎりの8年でなんとか卒業することができた。
 関東大を卒業後、父親の会社に就職もせず、数年ブラブラしたのち2年前にジャズ喫茶「アブサン」を、これも父親の資金で開店させたのだった。

 隆一がジャズ喫茶「アブサン」の常連客になったのも、マスターの杉山が同じ大学の同じ部活の先輩だったからである。

 杉山が、その林道をさらに行くと、下界の街を見下ろせる観光客のための小さな公園があり、ベンチがいくつかあった。若いカップルの姿が見える。
 杉山は、葉が繁る高い樹木の並木道をゆっくりと進み、背後からその男女の声が聞こえる場所までやって来た。

 ベンチに腰かけて話し合っているのは、隆一と有紀であった。


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